ああ 雪のあらしだ。 家々はその中に盲目になり 身を伏せて 埋もれてゐる。 この恐ろしい夜でも そつと窓の雪を叩いて外を覗いてごらん。 あの吹雪が 木々に唸つて 狂つて 一しきり去つた後を 気づかれない様に覗いてごらん。 雪明りだよ。 案外に明るくて もう道なんか無くなつてゐるが しづかな青い雪明りだよ。 (伊藤整『雪明りの路』より「雪夜」) |
かすかな嵐の音がする。 夕暮五時 風がそうつと 雪のくぼみや木の根にまつわり 凍てついた道を越えて 冷たく硝子戸をならす。 まだ明りはつかず 女は薄暗い台所に急がしく 黒い外套の人が 帰りついて戸口をあける。 街ではかなしい豆腐売りの笛がなる。 夕方鋭い空気のなかに 遠くで 心の及ぶ限りの遠くの野で 風が林に入る音だよ。 (伊藤整『雪明りの路』より「冬の詩三篇」) |
山がなる 山がなる 谷も道も平らになつて 雪が真白に 小さな生物みたいに狂つて降る。 その中に時折見えるのは すつかり裸になつた落葉松の林だ。 母よ 硝子戸といふ硝子には 白く雪がかかり いつ夕暮れがやつて来たのか 時計は漸く四時をうつたが 貧しい洋燈の灯をともそ。 畳の古んだ部屋で 兄弟はみな炬燵に入り 母は台所で夕げの膳の支度をする。 弟らよあの音をきけ あの吹雪を。 こんな晩はみんな早く寝るのだよ。 (伊藤整『雪明りの路』より「冬の詩三篇」) |
−武田教授の言葉から− でもね やがて桜も咲くし たんぽぽも咲きますよ。 あの雪が消えてしまふと 一面に黄色になつて おてんと様と雲雀とが 夢を見合つてゐるやうな日が続きますよ。 まあ それまでお待ちなさい それは夢のやうに来ますよ。 (伊藤整『雪明りの路』より「冬の詩三篇」) |