九月九日


 

 予は数日にして函館を去らむとす。百二十有余日、此の地の生活長からずといへども、又多趣なりき。一人も知る人なき地に来て多くの友を得ぬ。多くの友を後にして、我今函館を去らむとするなり

 この日暴風吹き、焼跡の仮小屋倒れたるもの多し、午后四時桟橋に牧野文部大臣を迎へにゆけり

 夜、吉野君宅にて岩崎君と三人して大に飲みぬ。飲みて酔ひぬ。酔ひて語りぬ。予は衷心よりこの二友を得たるを天に謝す。例の如く神を語り詩を語り恋―わが恋を語れり。

 この夜、我ら互ひに胸中に秘したりし松岡君に対する感情を残りなく剔抉して、盛んに彼を罵れり。あゝ我等赤裸々の児は遂に彼が如き虚偽の徒と並び立つを得ざるなり。彼は上幸の子なり、愊むべし、然れども彼は遂に一厘毛の価値だになき腐敗漢なり、とは此夜我等の下したる結論なりき。

 


※テキスト/石川啄木全集・第5巻(筑摩書房 昭和53年) 入力/新谷保人

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