紅筆便り
 
石川 啄木
 
 
 
 
 ▲先便を以て丸コのお栄ちやんの事聞込み候ふまゝに兎に角とお知らせまゐらせ候ひしがあれは事実全く無根にて銀諤もウソ内縁の妻もウソ屹度誰か意趣ある人の中傷なるべしとサル確かなる人より申聞けられ候儘茲に墨黒々と取消致候お栄ちやんは矢張当町女中界中一輪の花典雅なる其風姿ソレ者には珍らしと粋様方より特別の御愛しみの由に候▲小奴妓は去る二十六日の晩座敷半ばにして俄かに持病の胃弱が起り九時も打たぬに家に帰りしが思つたよりも重症にて目下北守医師の手にかかり自宅に静養中に候が猶両三日のお座敷六ケ敷かるべしとの事に御座候▲原田様お嫁を貰ひに函館へ行かれた由にてすずめ妓は毎晩涙と酒を一緒に飲尽し頻りに「人間万事忍耐にあり」と繰返し居る由は同情申上候あら/\かしこ。
 
 
(釧路新聞 明治四十一年三月一日)

 

  底本:石川啄木全集 第8巻
    筑摩書房
    1979(昭和54)年1月30日初版
 

  入力:新谷保人
  2006年3月1日公開